日本語教師の競合と共存

一部では報道されているものの、あまり大きくは伝えられていませんが、アジア圏での、現地の人々を対象とした日本語教師の育成が始まりました。これにより将来的には、日本人の日本語教師はそれほど必要ではなくなってくる可能性があります。

外国人日本語教師育成システムのはじまり

背景

(1)日本人の成り手が少ない

アジアの過酷な環境(途上国の生活環境や治安、文化の違い、賃金の低さ等)で日本語教師として働きたいと望む日本人が元々それほど多くないところ、日本での少子高齢化の激化でさらにアジア圏における日本人の日本語教師の成り手が少なくなってきている現状。
しかし、「海外」といっても、日本語の需要は専らアジア圏にしかない。

(2)外国人日本語教師の質の問題

これまで海外、とりわけアジア圏は日本語教育についてはカオスな状態で、日本語非母語者(いわゆる「日本人ではない人々」)が日本語教師として働く場合、「日本語が少し話せる」「日本に住んでいたことがある」等々の理由だけで、現地の学校で日本語教師として働いている例もあり、現地の人々が日本語教師になるための基準がほとんどありませんでした。

その一方、日本の少子高齢化による労働力不足(人手不足)解消およびビザ緩和による外国人労働者の増加に伴い、外国人人材の日本語能力向上が喫緊の課題となり、2017年から日本政府や国際交流基金等を中心に、アジアの数か国において、現地の外国人が日本語教師になるためのシステムが開始されました。

つまり、日本語教育の外注が本格的に始まったということになります。

外国人を対象とした日本語教師育成コース例

現在のところ、以下のように、インド、ベトナム、ミャンマーにて、現地の人を対象とした日本語教師育成コースが始まっています。

インド

ジャワハルラル・ネルー大学(Jawaharlal Nehru University;JNU)
のUGC-Human Resource Development Centre内にて「日本語教師育成センター」が2018年に開講

  • 「教師育成コースA (360H)」
    主に理工系高等教育機関の日本語教師を1期30人(年60人)育成するコース。
  • 「教師育成コースB (30H)」
    主に日本語を学ぶ大学生を対象とし、デリー他、プネ、シャンティニケタン、チェンナイの全国4か所で実施予定。

今後5年間で、インドの100の高等教育機関において認証日本語講座を設立し、1,000人の日本語教師を育成する予定。

ベトナム

国際交流基金ベトナム日本文化交流センター

※講座修了者には同センターとハノイ国家大学外国語大学との連名による修了証が交付される。

  • 講座概要:200時間(教授法120時間+実習80時間)
  • 受講料:5,000,000VND
  • 対象:18歳以上のベトナム人、日本語能力N3程度又は同等以上等
  • 募集人数:15名程度
ミャンマー

ヤンゴン外国語大学(Yangon University of Foreign Languages)

  • 2018年12月~
  • 4ヶ月間コース

受講に際しての日本語力や受講料など受講条件のハードルは、いずれもそれほど高くなく、今後、現地国籍の日本語教師はどんどん増加するものと思われます。

外国人日本語教師との競合(共存)の本格化

これにより、今後は外国人日本語教師と、日本人日本語教師との競合と共存が本格化することになります。

今までも外国籍の日本語教師はいましたが、その質はピンキリで、かつ全体的な数はそれほど多くはありませんでしたが、今後は、こうした日本語教師育成コースにて、外国人の日本語教師が「大量生産」され、特に現地においてシェアを拡大することになります。

日本人教師はそれほど数は必要なくなる可能性

そのため、例えば現地の日本語学校等において、これまで日本人の日本語教師が5人必要だったところを、4人までは現地国籍の日本語教師を雇い、日本人ネイティブ日本語教師は発音監修的な役割の者が1人だけいれば十分、という状況になってくることも考えられます。

もしくは、現地の学校勤務の日本語教師はすべて現地国籍の者にして、ネイティブな日本語話者が必要な部分は、オンラインでおこなう(現地には日本人は不要)ということも起きてくるかもしれません。

つまり、今後、日本人の日本語教師は「それほど多くの数はいらなくなってくる」、そして、職場において「外国人日本語教師とうまく共存できるスキル」が重要になってくることが予想されます。

現地国籍者の優位性

現地国籍の日本語教師には、現地においては以下のようなアドバンテージ(優位性)があります。

  • 面倒なビザサポートが不要
    日本人の日本語教師を海外で採用する場合、現地の日本語学校は、面倒な就労ビザ取得のサポートをしなければなりませんが、現地国籍者を採用する場合は、この手間が省けます。
  • 間接法で教えられるので初級者に最適
    日本人の日本語教師は、直接法の上にあぐらをかいて間接法で教えることができない人が多いのに対し、現地国籍の教師はその国の言語ができるため、母語を使って日本語を教えることができます。特に初級者にとっては間接法のほうが有効であるため、日本語初級者が多い現地においては、現地語ができる日本語教師のほうに利があります。
  • その国の人の特徴を熟知している
    現地で育ったので、その国の風土や習慣、その国の人特有の思考回路や日本語を習得する際の困難な点、間違いやすい点、習得させやすいコツなどを身をもって知っているという利もあります。
  • 人件費を抑えられる
    現地国籍の教師であれば、現地の一般的な給与水準で採用することができます。一方、日本人を採用する場合は、日本の給与水準までは行かないまでも、現地の一般的な給与水準よりも少し高く給与額を設定しないと日本人の応募者が集まらないこともあり、日本人採用は人件費が高くつくわりにはすぐに辞めてしまうというリスクもあります。それに対して、現地人の採用で済むのであれば、現地の日本語学校も人件費を抑えることができます。

日本語という「商品」の行方

すでに日本国内においても、外国人による外国人客の呼び込みや、外国語だらけの商品陳列・サービス提供などが増えてきています。つまり、「外国人の、外国人による、外国人のための」日本の商品やサービスが増えてきており、これまで日本人の専売特許のように扱われていた「日本語」という商品も、今後は徐々に日本人の手を離れ、外国人によって扱われ、外国人によって消費されるようになってくることが予想されます。

人手不足による「労働力確保」という点では、ある程度それでよい(むしろ理想的)かもしれませんが、日本人の日本語教師にとっては苦難な道(職を奪われる/給与の価格破壊)が、外国人日本語教師の増加で数年後にはもたらされるかもしれません。

例えば、これまで採用条件など比較的ハードルが低く登竜門的だったアジアでの日本語教師としての就職が、今後難しくなるかもしれません。前述のようにアジアの現地においては現地国籍の日本語教師である程度充足してくるためです。

これから海外含め、日本語教師一本でやっていこうと考えていらっしゃる方は、この辺り、慎重に見極めた方がよいでしょう。

日本語教師だけでなく、一般の日本人も影響を受けるかもしれません。

言葉は生ものですから、外国人日本語教師が教える(日本人からするとちょっと変な)「新日本語」が、今後、日本語のスタンダードになってくる、ということも起こりえますし、そうした「新日本語」を、日本に住む一般の日本人も理解するよう努めなければ、適切なサービスを享受できない(商品が購入できない/日本社会がまわらない)、という「共存」姿勢が求められる時代になってくるかもしれません。

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